

美容師の見習いとして働いていたある日、家に帰ると1通の置手紙があった。当時、商売をしていた父親が書き残した遺書。そこには、払いきれないほどの多額の借金があること、そして「死んでわびる」の文字。思い悩んだ末、私は美容師をやめ、家業を手伝うことを決意した。
とはいったものの、すでに会社は火の車。何の能力も実績もない23歳の私になす術はなく、ほどなくして会社は倒産することとなった。守成は創業より難しと言われるが、30年に渡って染みついたマイナスの遺産をプラスに変えるには、当時の私では力不足だった。
ひと口に倒産といっても、その状況はさまざまであるが、私の場合、当事者(代表者)がいないという特種なもので、町金やメーカーとのやり取り、家の差し押さえなどを経験させてもらうことができた。
私は、何もかもを失ったリベンジとばかりに、父親と同じ小売会社を個人商店で創業する。仕入先メーカーとの交渉の末、父親の借財を一部、肩代わりすることを条件に商売をスタートさせることができた。
創業直後より、大手が出来ないこと、同規模同業者がやっていないことに目をつけ、超地域密着戦略を展開。年中無休や使用法説明無限保障、多数の資格取得、サポート商材の拡充、粗利率アップ戦略など、新しい取り組みを打ち出し、12年連続黒字を達成する。
その間、顧客からの要望でスタートしたホームページ作成やPC関連を取り扱う通信事業部が成長。協力会社であったイー・クリエイターズと事業統合し「エクスト」を立ち上げるに至った。
エクストは、創業から2年連続で200%成長を遂げ、順風満帆の立ち上がりを見せたが、規模の拡大に伴って、販路の確保や人材マネジメント、新商品開発に支障をきたすようになる。
その頃、リーマンショックの衝撃が走る。お客さまや協力会社、ライバル会社が次々と倒産していく姿に、創業当時の状況が頭をよぎった。何とか難局を乗り切り、安定収益を確保できるまでに業績が回復し、現在に至っている。